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モフセン・マフマルバフ監督『独裁者と小さな孫』鑑賞記録♬

負の連鎖を断ち切るために。

 今日は、予定が変わりこちらの映画を見てきました。

 

 この映画を見終わって、映画館を出た時に見えた自分の

生きている世界がとても薄っぺらく感じた。

異邦人のような感覚で、新宿の街を歩いていた。

 

dokusaisha.jp

 この映画には夫も関わり、彼がマフマルバフ監督とお話しして帰ってきた日、
活き活きと監督のことを話している姿に、本当に映画が好きなんだな~と思ったものです。

 監督自身が拷問をティーンエイジャーの頃に実際に受けた身でありながら、
その憎しみの対象であるはずの「独裁者」に対し、一種の愛に通じる眼差しを向け続けて、
撮っているという映像美の世界に圧倒された。

 

「負の連鎖を断ち切らなければならない」。


 最後に独裁者が、首を切られ、火あぶりにされそうになった時に、
ある男~彼自身がその目の前の独裁者の命で拷問を受けた身でありながら~が、

独裁者の横に自分の首を並べ、「俺の首を先にやれ」と群衆に向かって叫びます。

「お前たちも皆、独裁者の命令に従って拷問してきただろう。」と。

 

 その言葉には、結婚式を挙げたばかりだと思われるある花嫁が、

車で通行する途中、革命派の兵士に辱めを受け、

その婿もそこにいた人たちも誰も止めに入らなかったことを
弾劾する言葉に通じると感じた。

 

「誰も止めないなんて、最低よ。私を撃ちなさい」。

 

 そして、彼女は身も心もぼろぼろにされて死んでしまう。

 

 もう一人印象に残ったのは娼婦。

昔、その独裁者も関わりを持った女性で、逃亡中に独裁者がその娼家に助けを求めて立ち寄る。


 その独裁者には、高額の懸賞金がかけられていた。
「俺のいる場所を教えれば懸賞金が手に入るが、突き出すか?」というような問いに、

 

 その女は言う。

 

「そんなお金の稼ぎ方をするくらいなら、そもそも娼婦なんてやっていない」と。

この言葉に妙に納得したと同時に、彼女の人間としての品性を感じた。

 

 

 逃亡する独裁者と孫は旅芸人を演じて逃亡し続ける。
 独裁者はギターを弾き、孫は女の子に扮し踊り子を装う。

 

 あるシーンで涙がこみ上げた。

 たき火を囲んで、逃亡中の独裁者と孫、その独裁者の息子夫婦を
殺害し、拷問を受け傷だらけの男たちが、ウォッカを回し飲みするシーン。

 

 拷問した側とされた側。
された側の男たちの会話は、その独裁者に復讐するか、しないかで意見が分かれる。

独裁者は、自分の命令でやってきたこと~実際には手を下していないこと~の実態を
リアルにされた人間たちから聞くことになる。

その独裁者は、自らの手でその自分に反旗を翻した男の拷問による

傷の手当てもし、彼が愛する人の元に帰る手助けもする。

 

 5年間投獄されていた間に、その男の愛する女性は結婚し、

子どもも授かっていた。

彼女への愛だけを心の支えに拷問に耐えてきた男は、自ら命を絶つ。

 

 小さな孫は起きることすべて、ほとんどが残酷な現実を

目の当たりにする。

 

 なんとか二人が、逃亡の終わりを迎えようとした時、

民衆の手に囚われてしまう。まずは、人々は見せしめに小さな孫を

絞首刑にしようとする。

 

 そこで、ある男が止めに入る。

独裁者と一緒にたき火を囲んだ男の一人だ。

自分も拷問を受けたが、「負の連鎖を断ち切らないと」という

意見の男だった。

最後の最後のシーンで、群衆はその独裁者の処刑を止めた男に

問う。

「殺さないなら、どうする?」と斧を持った男の問いに、
勇気あるその男はこたえる。

 

「踊らせろ!」と。

 

 孫は、祖父と逃避行の間に、
さまざまなことを学んだに違いない。

おそらく、普通の同じくらいの年の男の子なら、

知らなくても済むようなことばかりを。

たまたま独裁者の孫だったというだけの

理由で。


 それは、人間としてなのか、為政者としてなのか。
彼は、良い為政者になるだろうか。

そんなことをエンドロールを眺めながら想った。

 

 そして、ひとたび戦争が起きれば、
独裁者がやってきたことも反体制派が
やることも同じことに陥ってゆく人間の弱さと愚かさ。
負の連鎖が循環することになる。

 

 私は、あの独裁者の横に首を置ける人間になれるのか?
と自分に問う。
ものすごく重く、深い、答えのない問いに対して、
映像の力が、どこか悲壮感で終わらせない何かがある。

 

 マフマルバフ監督にもし会えたとしたら、
自分の感じたことをどう伝えるのだろうか。
わからない。

 新宿武蔵野館で29日まで上映中です。

ぜひ、ご覧いただきたい一作です。