第五回Melos Dance Experience鑑賞記録
★「書く」をリスタート★
第5回Melos Dance Experience鑑賞記録
久々に公演記事を書きたくなった。
昨年3月に、私の文章、というか批評の師であった長谷川六が亡くなった。
20代の前半に出会い、その後、人生のあらゆる場面で影響を受けた恩人だった。
いろんな面をもつ人物であったけれども、私が記録することを望んでくれていた人であった。私は歴史を専門とする。
開催される公演も歴史の一部である。その現象を記録することも価値のあることと思っている。
★第五回Melos Dance Experience公演鑑賞★
2022年4月3日日曜日17時開演 川崎アートセンターアルテリオ小劇場にて
【プログラム】すべて新作
1、Songs of Innocence アンサンブル作品
音楽:Scala &Kolacny Brothers
(Originally performed by U2・The Cure・The Divinyis・Coldplay)
振付:笹原進一
出演:土井由希子、安藤明代、瀧愛美
2、一縷の望み~Ichirunonozomi ソロ
振付・出演:西島数博(ゲストダンサー)
音楽:Dancing on My Own/Exogenesis:Symphony
3、Stay Home デュオ
音楽:C.O.Raghallaigh & T.Bartlette/Jerome Kern(Piano Brad Mehldau)
Ennio Morricone (Piano Philip Asber)
振付:笹原進一
出演:土井由希子、八幡顕光(ゲストダンサー)
オープニング
~まどろむような表情のわんこの映像。昔、子どもの頃に練習したことのある、ソナチネかソナタのピアノ曲。
観客をリラックスさせ、なごやかな空気の中、開演。
Songs of Innocence
振付家がこの言葉に何を想ったかは、わからない。
このタイトルの訳語として、
「無垢の時を想う歌」と、私の中に浮かび上がった言葉。
スクリーンに、草原を駆ける少女の像が現れる。
何かに向かっているのか、いや、ただひたすらに
前に進んでいる。
道なき道を、まっすぐ走る。
風が輝やく。
少女はいつしか美しい女性に成長する。
彼女の中にいくつかの感情、キャラクターが芽生える。
彼女の中のそれぞれのキャラクターたちが、存在を発揮し、
認め合い、分かち合い、1人の女性の豊かなパーソナリティを形成する。
成長は、無垢さを妨げるだろうか。
大人になるにつれ、人は何かを失うのだろうか。
いや、無垢さは永遠に、人の魂の根幹としてあり続ける。
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黒い背景に真っ黒な衣装の三人にダンサーたち。
光だけがそのフォルムをクリアにする。
動きのシンプルさは、ダンサーのクオリティを引き出す。
三人それぞれ、古典バレエの基礎が身体に刻まれている。
ダンスは、あらゆる境界を超える。
古典の基礎は、ダンサーの身体の血肉である。
しかし、そのダンサーそれぞれがどのようにと関わってきたのか。
それが、そのダンサーの固有のスタイルとなる。
スタイルは個性であり、その人そのもの。
振付がシンプルであるがゆえに、土井、安藤、瀧のそれぞれが、
彼女たちの人生の中で、どのようなダンスのプロセスを経験したかがクリアになる。
振付の笹原の舞踊経験も作品に反映される。バレエを志したのが、小牧バレエ団の創設者小牧正英の実弟であった菊池唯夫のもとであったと話を聞いたことがある。小牧バレエ団創設以来の伝統を受け継いだバレエ芸術の継承者という私の認識がある。
笹原の振付の特徴は、音に対してシンプルなパ。アメリカでのバレエ文化を豊かにしたバランシンやロビンスの影響を感じる。ネオクラシックのスタイルだと理解している。
ステップの複雑さを要求しない代わりに、一つ一つの動きにクオリティを求められる作風。ダンサーにとって、すべてをさらけ出す、もっとも難しい「歩く」という動きが、この作品のクオリティの根幹であった。
一縷の望みIchirunonozomi
ゲストアーティスト西島数博のソロ。この日のための創作作品。
舞台に登場すると、ただその存在の圧倒的な厚さを感じる。
白装束の端麗な佇まい。
上半身の表現の豊かさが目を惹く。
バレエダンサーとしては、スターダンサーズバレエ団での活躍で一斉を風靡した西島数博。バレエ団時代の記憶としては『ドラゴンクエスト』での雄姿を思い出す。
彼のクリエーションである「一縷の望み」は、見ているというより、西島の語る世界の中に一緒にいるような感覚になった。西島のバレエ人生のバックグラウンドを辿りたくなる。
西島の動きを見ていて、浮かんだ言葉は「両性具有の美」。独自の世界観を紡ぎだすアーティスト。
何かいまの悶々としている世界と西島自身が対峙し、呼応するような演出と見えた。古典バレエの基礎的な言語を元に、動きの多様な言語を駆使しつつ、その言葉を超えて、内面に広がる葛藤、希望、愛、苦悩、、、内面に潜むもろもろの感情、想いが、噴出する。
一縷の望みは、この世への静かな叫びか。
Stay Home
~当たり前が当たり前でなくなる瞬間(とき)~
2020年。私たちの何気ない日常は、非日常となった。
「当たり前」が何かということを考えた。それを、世界中が体験した。
「いままでこうだった」は、もはや、取り返せない。新しい価値の創造の始まりだった。
見えないものから身を守るために、屋内へ人々は閉じこもった。
そんな時代の物語。
いままでも当たり前だった「2人」なのに。
ずっと同じ部屋の中なのに、何かが変化する。
「知っているはず」が、何も知らなかった。
気付いているようで、気付いていなかった。
一緒に過ごしていたようで、そうでもなかったことに気づき、
お互いの未知なる部分を発見し、戸惑う2人。
時に共感し、時にぶつかる。
得体のしれない不安もおそってくる。先の見えない未来。
でも、いつも傍らにいる存在は、変わらない。
平凡さの中にきらめくものがある。
新しい関係性が始まってゆく。
笹原作品としては、珍らしく具体的な物語のある作品。
土井演じる女と八幡演じる男の2人の物語。
どこにでもいそうなカップルの生活が、2020年以降、目に見えないウィルスにより、お互いの関係性に変化があらわれた様子が、リアルに描写されていた。
ちょっとした、動きの繋がりの中で、2人の微妙な感情の変化が、あぶりだされる。音楽の表情が、2人の声のように感じられた。
何気ない日常の動きと古典バレエのパの構成により、日常と非日常のコントラストを感じた。
Melos Dance Experienceに関する詳細は、以下のURLへ