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Salle d’Aikosoleil

バレエ史についての備忘録 日々の食について

<歴史も生もの>~19世紀のバレエ技術の発達についての思索♪

バーレッスンが日常のレッスンの中で定着したのはいつ頃からでしょう。

 バーレッスンを描いた絵と言うと思い浮かぶのは、やはりドガの絵でしょうか。ドガが描いたオペラ座の踊り子たちの絵は、バレエ文化の中心地がフランスからロシアに移ったころのフランス。

 時代の雰囲気としては、ダンサーの質、バレエ作品の質が低下しつつある時代と言われた19世紀後半です。あくまでも、「雰囲気」ですから、本当は頑張ってた振付家、ダンサーもいたはずです!

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 近々に、またバレエ史のお話しをする機会を頂き、日々頭の中がいろんな時代を駆け巡っています(#^.^#) 

 

 ちょっと、ボリュームのある前菜になりますが(笑)

 

 「バレエの発祥」とか「バレエの起源」は?

 

 さまざまなバレエ史、舞踊史の本を紐解いてみると、一般論としては「イタリアのルネサンス」というのが定説です。

 でも、細かく史料、資料を見てゆくと、そう単純でもないような感じがします。私は大学で教鞭と取るとか研究機関で働くとかいうレヴェルでの研究者ではないので、いろんな古の文献に触れている立場で、「そう単純じゃないな~」と思うだけなのですけどね(#^^#)

 

 そして、またまた偉そうですが(;'∀')バレエ史に関して申し上げるなら、ネット情報でも書物の文献でも、一つのデータ、考え方に囚われないことが大事です。

 例えば、ルイ14世の時代のバレエのことを学ぶなら、その当時の人が書いたものに触れ、その時代に生きた人の感覚、考え方、社会的な常識などを知ることが大事かと思います。

 

 歴史は単に過去の書かれたものではなく、生ものだと考えているのです。

 

 17世紀のルイ14世時代の時代に生きたイエズス会士メネストリエが記した本がありますが、こちらのタイトルが興味深いです。1682年にパリで出された本です。

  

 

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 本の題名が

 Des Ballets Anciens et  Modernes selon les regles du theatre

日本語に訳してみると、

 「演劇制作のさまざまな規則に基づく、古くからのバレエと新しいバレエについて」

 このタイトルを見ただけで、「ん?」と気になるのが、Modernes と言う言葉。

17世紀の人から見た<Moderne モダンな、新しい>ってどんな感覚だろう?と言ったことから私の思索は始まるのです。

 

 さてさて、お話はメインディッシュ!

 

  19世紀のイタリア、フランスのでバレエ技術の進歩というと、バーレッスンの普及とトーシューズの発明があげられると考えられます。

 その背景には、国立、王立のバレエ学校が18世紀半ばくらいからヨーロッパ、ロシアなどでつぎつぎと設立され、言い方が少し悪いけれども、バレエダンサーの大量生産の必要性が高まった時代とも言えるでしょう。

 これからご紹介する映像は、19世紀のロマンティック・バレエ時代を代表する振付家の一人、デンマークのオーギュスト・ブルノンヴィルの『コンセルヴァトワール』という作品です。

 

www.youtube.com

 

  この作品は1849年にブルノンヴィルが故国のデンマークで創作したものです。テーマは、ご覧のとおり、タイトル通り「コンセルヴァトワール」(注:コンセルヴァトワールは国立の芸術専門学校のことですが、この場合は、バレエ学校の意味)です。ブルノンヴィルは、踊りの修業のため1820年頃にパリで勉強をします。その時の先生が、オーギュスト・ヴェストリスという人でした。その先生の教室の思い出をもとにして作った作品と伝えられています。

 

 ここで申し上げておきますが、バーレッスンはルイ14世の頃の宮廷バレエの稽古にはありませんでした。

 

  私が知っているバーの絵で一番古いものはこれです↓

 1820年にミラノで出版されたイタリア人舞踊教師カルロ・ブラジスの書いたバレエの教本の挿絵です。 

 

 

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 お気づきの方もいらっしゃるかと思いますが、1820年頃というのがどうもバーレッスンのことを考える上でポイントとなるかな?と私は考えています。

 一方で、トーシューズも一番この道具を有名にしたのは、1832年に『ラ・シルフィード』を踊ったマリー・タリオーニというバレリーナでした。でも、「つま先で立つ」という技術は、19世紀に入る頃にはいろんな踊り手が試していたようです。

 

 次の二つのシューズの写真を見てください。

 

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 左は、マリー・タリオーニがとても大切に育てたというエンマ・リヴリーというバレリーナが履いていたトーシューズで、右側がアンナ・パヴロワのトーシューズです。

 リヴリーのものは、1860年頃のもので、パヴロワのは1914年ころのもの。50年くらいの間に、トーシューズもかなり変化しているのがわかると思います。トーシューズの変化は、つま先で踊る技術の進歩につながります。

 

 リヴリーが履いていたものは、靴と言うよりスリッパのような形で、今のバレエシューズの方に近いですね。このシューズの場合は、つま先に厚紙や綿などを詰めて、立ちやすいようにしていたようです。

 パヴロワのものは、イタリアの靴職人ニコリーニ製で、今のトーシューズとほとんど変わらないものです。

 もっと大きくするとこんな感じ。

 

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 これを履いて『瀕死の白鳥』とか踊ってたんですね~♪

 

 デザート的に☆彡

 

 トーシューズとバーレッスンには直接関係あるようなないようなものですが、ちょっと面白いものを発見したのでご紹介します。

 これは1800年頃の器具みたいなのですが、なんでしょう?人間ていろんなもの考えますね(笑)

 

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 これは、ロンドンのヴィクトリア&アルバート博物館所蔵の木製のTourne Hanche

文字的には、股関節回旋器という意味で、ターン・アウト促進器具のようです。

 使い方は、上部の板に踵を固定して、動く方の板で足を外旋させるというものらしい。器具の名前の通りターン・アウトは、バレエをされている方ならご存知のはずですが、この器具で実際ターン・アウトをしようとすると、足首からひざ下だけで180度開くことになりますね。当然この器具によって関節の故障が問題となったようです。「股関節回旋器」という名前通りに使えば問題ないはずなのですが(;'∀')

 

 でも、1845年頃の風刺画(下を見てください)のようなものがありますが、そのキャプションに「ダンサーが成功するためには、足を壊さないといけない」などと書いてあるのです。

 

 今では、解剖学的にターン・アウトの指導が世界的にも定着していますが、こんな時代、もしかしたら、日本だって見様見真似のころはこんなものだったかもしれません。

 人間て、いろんな失敗を繰り返しながら進歩、進化しているのでしょう。

 

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 食後のお飲み物として~今回のまとめ♪

 

 今の段階で、バーレッスンの定着とトーシューズを履いて踊る技術の進歩との関係性について、私自身確固たる資料を見つけていません。

 

 ですので、あくまでも仮説ですが、1820年頃にはバーレッスンがヨーロッパで日常のクラスの中で定着していたということと、20年以降長くバランスを保つ」とか「回転する」といったつま先で踊る技術が進歩する中で、トーシューズのつま先も硬いものが開発されていったという事実は認められます。

 

 身体的な技術の進歩と装身具の面で身体を支える技術が相まって、素晴らしい結果としてロシアでの華々しいバレエ文化の開花、プティパ作品の誕生と言えるかもしれません。

 

 そして、「歴史は生もの」と言いましたが、今日このブログを書いた後で、突然先ほどお話しした「股関節回旋器」が、実は別の用途に使われていたという新事実を発見された方は、ヴィクトリア&アルバート博物館までお知らせしたくださいね(笑)

 

 こちらです↓

 ヴィクトリア&アルバート博物館のHP

 

www.vam.ac.uk

 

 ちなみに、一応私は嘘つかないようにしています。ついたと気づいたらすぐに文章とかは直します。

 でも、情報がたくさん溢れますので、なかなか追いつかないところもあります。ですので、一度読んだブログも時々更新したりしますので、たま~に確認してくださいね☆彡

 そして、「この人、間違ってる!」と思ったら、ご遠慮なくコメントしてください!