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Salle d’Aikosoleil

バレエ史についての備忘録 日々の食について

素敵な懇親パーティーでバレエ史プチセミナー♪

YURI ecole de ballet contemporain主催 田中ゆり先生からのお誘いを受けて☆彡

 

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 少し時間が経ってしまったのですが、去る10月11日に国立のフェルミエールという

素敵なレストランで、YURI ecole de ballet contemporainというバレエスタジオ主催の

田中ゆり先生にお声をかけていただき、このスタジオの生徒さんと保護者の方たちの

懇親パーティでプチバレエ史セミナーをさせていただきました。

 以前から、このパーティの雰囲気はフェイスブックのお写真などで拝見していて、

素敵な会をされているな~と思っていました。

 ゆり先生とのつながりは、ツイッター時代に遡ります。ゆり先生は、私のバレエ史講座に長い間ご興味を持ってくださっていて、それに加えて、ピナ・バウシュが大好きで市田京美さんのWSにも「ぜひ、生徒を参加させたい」と意欲的な方で、生徒さんにさまざまな表現スタイルを学ぶ場を提供されています。

 初対面が、実はこの10月11日の懇親会当日の朝。でも、FBでもいろいろと投稿をお互いに見ていたのと、メッセージのやり取りを通して共感することが多かったので、初めて会ったけど、会話はもうくるくる弾みましたw

 先生の意外なバックグラウンドにも心惹かれ、バロック好きということもわかり、

これは話が早いと思いました。

 案の定、バレエ史セミナーの方も、こんな感覚は初めてなくらいで、会場の空気が私を支えてくださって、最初の緊張はどこへ吹っ飛んだかというくらいに楽しくお話しできました。

 

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 小さな生徒さんは5歳から一番大きな生徒さんが中学三年生まで。保護者の方々もとても興味深く聞いてくださって、本当に温かな空気の流れる会でした。事前に、バレエ史に関するアンケートをお配りして、いろいろと質問をしました。

 良くご存知の生徒さんや保護者の方も多く、私自身知らないこともあり、大変勉強になりました!

 DVDのセッティングなどレストランのスタッフの方もお手伝いくださって、セミナーの流れも滞ることなく本当に助かりました。

 こういう機会を与えていただくたびに思うのですが、舞台も同様ですが、お話の会も私一人ではできいないということです。

 今回は、私が用意した資料の参加者分のコピーなどはすべて後援会の方が手伝ってくださいました。このようなサポート体制があるのも、ゆり先生のお人柄だな~と思います。

 

 プロローグがかなり長くなりましたがw

 セミナーの内容の流れは、やはりバレエの基礎を確立したルイ14世からお話ししました。私もまだまだ勉強中ではありますが、当時の人たちが踊った舞踏譜を見ながら、「アポロンのアントレ」(1680年の作品)を見てもらいました。

 はっきり言ってしまいますと、1680年にどのように踊ったか?なんて確実なことはだれも知らないのですwヴィデオがない時代ですから、資料として残されている舞踏譜と音楽と版画などをもとに踊りを再構成しているのです。上体の使い方などはピエール・ラモーの『舞踊教師』を研究しているとのことです。

 

 

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 最初のプレパレーションのポーズだけ、一番年長の生徒さんに代表して実演してもらいました。左足前のクロワゼ・デリエールから始まります。

 今回、皆さんにお見せした1680年の『愛の勝利』という作品の中の舞踊シーン「アポロンのアントレ」は、ルイ14世が実際には踊ってないと考えられます。というのは、ルイ14世は1670年には、自らが舞台に立って踊ることを辞めたと言われているのです。でも、このアントレを王として絶頂期にあったルイ14世が玉座に座り、自分が踊っているような気分で見ていたのではないか、と想像することができます。

  今回、この映像をお見せした理由の一つは、「バレエ」と言っても時代によって、その様式や踊り方、音楽が違うということを知ってもらいたいと思ったからです。

 この踊りを見て、「何を感じたか」ということの方が大事なのです。今のバレエと違うなら、「何が違うのか?」、「どうしてこういう踊りなのか?」、「衣装が違う」などに気づいてもらえればと思いました。

 そして、バレエにとって音楽が非常に重要で、特にこのルイ14世時代に踊られたバロックダンスというものは、「動きは音楽そのもの」なので、ある意味舞踏譜に囚われず、まず「音楽が求める動き」がどのようなものか、という地点に立ってみるというのも良い経験かと思います。

 

 そして、今でも楽しめる「ロマンティック・バレエ」のスタイルを紹介するために『パ・ド・カトル』(1845年ロンドン初演)をお見せして、当時のトーシューズが今のように固くなかったことなどをお話ししました。この記事の最初の絵をご覧ください。

 まるで、この絵が動き出すように始まりますよ!

 

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 ガス灯などの照明の技術も進み、衣装も軽くなり、さまざまな科学技術と芸術のコラボレーションによって、バレエ芸術が発展していった時代のお話しです。

 中心地はパリ、ロンドンなどの大都市で、ヨーロッパ各地、ロシアのサンクト・ペテルブルクや北米まで公演が行われました。

 

 そして、バレエは1870年以降、ヨーロッパでは「芸術的な価値」が低くなってゆく傾向が強くなってゆきます。その環境の中でも、もちろん良い作品を作り続けた人たちもいました。

 しかし、ロマンティック・バレエの時代をけん引した才能豊かな振付家や舞踊教師たちが、ロシアに向かい、ロシアでのバレエ文化の繁栄の下準備をしたことは間違いありません。

 その中で最もロシア・バレエの発展に貢献したのがマリウス・プティパというフランス人舞踊家兼振付家でした。

 皆さん良くご存知のチャイコフスキーと一緒にバレエを作った人です。『白鳥の湖』、『眠れる森の美女』、『くるみ割り人形』とチャイコフスキーの三大バレエと言われていますが、中でも一番プティパとチャイコフスキーが綿密に計画を立てて、一緒に作品を作り上げたのは、1890年初演の『眠れる森の美女』です。

 台本をプティパが書き、作曲もチャイコフスキーに注文を出して、二人は話し合いをしながら作ったようです。

 その1890年の初演時のものを復元した演出の第三幕の結婚式のパ・ド・ドゥをお見せしました。衣装も当時のデッサンを元に作っているので、見慣れたものとは少し違います。

  これは、セミナーでお見せした配役とは違いますが、オブラスツォーワのオーロラです。

 

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 そして、最後に、このセミナーにお声をかけてくださったゆり先生へのプレゼントの映像を見ていただきました。プティパの後にロシア・バレエに新しい風を起こしたフォーキンとアンナ・パヴロワに登場してもらい、定番の『瀕死の白鳥』で幕引きとさせていただきました。

 

 

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 この映像をはじめてご覧になる方は、本当に感動してくださいます。「こんな時代の映像が残ってるんですね~!」と。そういう新鮮な感動が何よりも嬉しいですし、私自身が忘れないようにしたい感覚です☆彡

 

 お話しが終わっても、生徒さん、保護者の皆さんが、私が持参した18世紀の舞踊の教科書『舞踊教師』や1700年に出版された舞踏譜の本、それから、17世紀の童話の絵本などを興味深く読んだり、見たりしてくださってました。

 

 このような活動を少しずつでも継続できると、嬉しいなと思いました。別に、無理にお勉強しなくていいんです。覚えなくていいんです。ちょっとだけ興味を持ってもらえれば。そして、小さな心に小さな「学びの種」が植えられること。育てるのは子どもたち自身。それが私の願いです☆彡