Salle d’Aikosoleil

バレエ史についての備忘録 日々の食について

なんてったって『白鳥の湖』が見たい!

2015年の開幕は、ミハイロフスキー劇場バレエ団来日公演『白鳥の湖』!

 昨年11月にボリショイ・バレエ団(ロシア)の『白鳥の湖』のチケットをとっておきながら、まさかの体調不良で見に行けなくなってしまいました。見に行けないと人間て思いが募るもので、その晩、具合悪いくせにPCに向かい、一番早く見られる生オーケストラ(ロシアの!ここ大事!)の『白鳥の湖』の公演を探す。

 

 いきなり話が寄り道になりますが、ボリショイの『白鳥の湖』はソ連時代に長年芸術監督を務めたユーリー・グリゴローヴィチという人が振付けたヴァージョンで、私はこの演出、振付の『白鳥の湖』を子どもの頃に繰り返し繰り返し、VHSが傷むまで見ていました。

 せっかくなので、ご案内します。お時間ある方はごゆっくりご覧くださいね。全幕です☆彡

 特徴は、第一幕で王子の踊りが多いことと、第三幕に登場する王子の婚約者たちが、各国を代表する姫君という設定となっていること。通常の演出による民族舞踊のシーンとは違って、女性はトーシューズを履いて踊る振付になっているところが特徴的です。個人的にはロシアの踊り(ルースカヤ)がとてもお気に入り☆彡

  


Tchaikovsky The Swan Lake , Bolshoi Ballet - YouTube

 

 私がボリショイの『白鳥の湖』をよく見ていた頃(1970年代後半)のオデット・オディールは、ナタリア・ベスメルトノワで王子がアレクサンドル・ボガティリョフ。ベスメルトノワは、芸術監督グリゴローヴィチの奥様。ボガティリョフは、かの有名なプリセツカヤが大絶賛のダンスール・ノーブル(貴族的な役を演じることができる男性舞踊手)でした。

 

 さてさて、話をもとに戻しまして、新春の『白鳥の湖』のバレエ公演ありました!しかも生オケ!

 2015年1月にミハイロフスキー劇場バレエ団(旧レーニングラード国立バレエ団)の公演が。まずは、配役確認で目に入ってきた名前が、王子ジークフリートにレオニード・サラファーノフ。彼は、元マリンスキー劇場の有望株だったはず。2011年にこちらのバレエ団に移籍して、今やこのバレエ団の要となる存在になっているようです。

 肝心のオデット・オディールは?サラファーノフが王子を踊る日の配役にはアンジェリーナ・ヴォロンツォーワという名前が。

「ヴォロンツォーワってどこかで聞いたことがあるような、ないような?」と思い、いろいろ調べたり、ロシア・バレエの事情に詳しい友人に聞いてみたりしたところ、彼女のボーイフレンドが前芸術監督セルゲイ・フィーリン事件に関与していたということでした。それで、なんとなく記憶に残っていたのかもしれません。詳しい事情は知りませんが、彼女もボリショイからこのバレエ団に移籍したようです。

 

 しか~し!ダンサーを噂やスキャンダルだけで評価してはいけません。ダンサーは、まず踊りを見ないと、と思いすぐにチケットをポチりました(#^.^#)

 それから、彼女がどんなバレリーナなのかを確認するために動画サイトのネットサーフィンに出かけるのであります!(具合悪いはずw)

 見つけましたよ!ボリショイ時代のものが。師匠のニコライ・ツィスカリーゼと踊っている『くるみ割り人形』のグラン・パ・ド・ドゥがこちら。若干ぽっちゃりかな(^_^;)


THE NUTCRACKER - PAS-DE-DEUX-ANGELINA VORONTSOVA & NIKOLAI TSISKARIDZE - YouTube

 

 それから、次の映像は結構お気に入り。あまり日本では上演されないロシアを代表する作品の一つ『パリの炎』第一幕第二場の宮廷バレエのシーンです。

 お相手は、今やボリショイの若手ナンバーワンと言っても良いデニス・ロヂキン。彼もまたツィスカリーゼの生徒です。

 


BALLET THE FLAMES OF PARIS - ANGELINA VORONTSOVA & DENIS RODKIN - YouTube

 

 この二つの作品を見る限りでは、ヴォロンツォーワのテクニックは安定しているようですし、踊りも丁寧だし、私の感覚としては見てみたいなと思いました。ただ、彼女が<オデット・オディール>という『白鳥の湖』の主役と考えた時に、そのプリマとしての風格やエレガンスをどこまで舞台で出せるか、ということは未知数でした。

 

 古典作品を踊る場合、あくまでも私の考えですが『ラ・シルフィード』、『ジゼル』、『白鳥の湖』の主役を演じることができるというのは、ただ踊りが上手とか表現力があるということ以外のものが要求されると思うのです。

 つまり、これらの作品を演じ切る、演じるというよりもその役を生きることができるバレリーナというのは、別格な存在なのです。

 だれでも踊っていい作品というものではない、と考えています。その作品の格というものがあって、かつてのボリショイ(最初はマリンスキーで踊っていました)のスターバレリーナ、ガリーナ・ウラーノワは、ある時期からオディールやオーロラ、ライモンダなどの役を踊らずに、ジゼルやオデットのような「白いバレエ」や表現力の奥深さを求められる役柄に絞って、踊ったと言われています。

 こちらがウラーノワの『白鳥の湖』。1953年にキーロフ・バレエ団(現マリンスキー・バレエ団)で踊ったもの。

  


Swan Lake The Kirov Ballet 1953 - YouTube

 

 時代によって、バレエや芸術に求められる美しさや表現の仕方が違うと思います。どんな分野でも、身体能力の限界に挑戦するような高度な技術や科学技術が時代と共に発展してゆきます。私がバレエを学んでいた頃に慣れ親しんだバレリーナたちのキラキラとした美しさの記憶は、音楽性の豊かさ、作品の理解の深さ、そして、何よりも役そのものとして舞台に登場していることでした。 

 

 前置きがかなり長くなりました。いよいよミハイロフスキー劇場バレエ団の『白鳥の湖』の公演についてお話します。

 こちらがサンクト・ペテルブルクのミハイロフスキー劇場の外観☆彡

 

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 鑑賞日の前日に、キャスト変更を知る。楽しみにしていたヴォロンツォーワが劇場の都合で来日できなくなり、急遽、このバレエ団のプリンシパルのイリーナ・ぺレンが踊ることに。ちょっと、気持ちは落ちたけど、でもバレエは主役だけじゃない!と思い見てきました。

 

 まず、ミハイロフスキー劇場バレエ団全体としての印象。結構、近い距離で舞台を見られたので、舞台上でのダンサーたちの様子がよく見えました。

 団員全体の雰囲気が良く、温かい感じが伝わってきました。家庭教師、ロットバルト、民族舞踊のダンサーたちなどをはじめ個性的なダンサーたちが、脇をしっかりと固めつつ、存在感もばっちり。その中で主役が踊りやすい雰囲気が漂っていました。

 群舞は、身体条件もそれぞれ違う感じで(たとえば、コールドを揃えるために背の高さで入団資格を設定するバレエ団もあるようです)、完璧な統一感があるという印象ではないのだけど、私はなぜかそこがとても気に入りました。このバレエ団の個性として。そして、これから伸びてゆく可能性も感じました。

 

 『白鳥の湖』で最初に登場する主役は王子。サラファーノフは、若干足のラインが少し変わったかな?とは思いましたが、安定感のある跳躍、回転、そして、何よりも一つ一つの身のこなしが美しかった。

 まだ遊び盛りのちょっとやんちゃな王子として登場しつつ、「高貴な血」が流れる男性としてのエレガンスもありました。そして、オデットのペレンに対しては、包み込むように踊り、オディールのペレンには翻弄され、オディールに騙されて母の元に駆け寄り「僕ちゃんどうしよう」とお子ちゃまな部分も垣間見せ、「王子」の中にあるさまざまな側面を見事に表現していたんだな、とこうやって文章につづるとよくわかってきます。

 

 今回の二人の「愛」は、見事な勝利でした!

 

 不覚にも(笑)、第四幕の最後の断末魔の叫びとともに、オデットが王子をかばい、王子がロットバルトの羽根をもぎ取り、ロットバルトを退治するシーンで押し寄せる音楽の波に感情を掻き立てられて感涙。このバレエ団の演出では、最後はハッピーエンドでした。

 

 少し細かい話になりますが、ここのバレエ団の演出、振付は現バレエ・マスターのミハイル・メッセレル。

 『白鳥の湖』の演出・振付のお話をすると大変なことになりますが、私たちが今全世界で見ることができる演出・振付の大元になっているのは、1895年にフランス人のマリウス・プティパとその輔佐的なポジションにいたレフ・イワーノフというロシア人の手によるもので、サンクト・ペテルスブルクのマリンスキー劇場で初演されました。

  

 ちなみに<幻の初演版>というのがあります。『白鳥の湖』は、チャイコフスキーの三大バレエの中で、彼が最初に手掛けたバレエでした。それは、モスクワのボリショイ劇場から依頼され、1877年に初演されたのでした。その当時の振付家は、ウェンツェル・レイジンゲルというプラハ出身の人で、1873年から1878年までモスクワのボリショイ・劇場で働いていました。

 

 この最初演版は、一般的には「成功しなかった」との評価なのですが、研究によると賛否両論だったようです。レイジンゲルの振付に関しては不評であったものの、チャイコフスキーという作曲家が手掛けたバレエは注目を集めていたということがわかってきています。

 その後、振付が他の人によって改訂され、1883年まではモスクワのボリショイ劇場でも41回も上演されていたとのことで、チャイコフスキーのバレエとしては「成功を収めた」との考え方もあります。

 また、内容的にはオペラとの関連性も指摘されていて、まだまだ知られていないことがたくさんあります。この辺については、上演史も含めてかなり複雑なのでご興味ある方はこちらの本を読んでみてください。

 

Amazon.co.jp: チャイコフスキー三大バレエ―初演から現在に至る上演の変遷: 渡辺 真弓: 本

 

 現在モスクワのボリショイ劇場で踏襲されている『白鳥の湖』の演出・振付は、1901年に初演されたものと言えるでしょう。この演出・振付は、マリウス・プティパの弟子(プティパは結構彼に批判的)アレクサンドル・ゴールスキーという人物が手がけました。このヴァージョンが、今回のミハイロフスキー劇場バレエ団で上演された『白鳥の湖』のもとになっているようです。

 

 基本的に、チャイコフスキーのバレエや帝政ロシア時代に作られた作品(もちろん、それ以前の19世紀の作品も)は、「古典芸能」と考えて良いと思います。いわゆる、日本の歌舞伎や能に近いものと考えていただいて良いと思います。

 「古典」には「型」があって、「様式美」があり、「制限された美」の世界です。その制限の中で、時代の流れや振付家の個性によって、同じ作品に違う色合いや新しい味わいが生まれるのです。

 

 今回の演出・振付で一番目に留まったのは、「パ・ド・トロワ」でした。私が子どもの頃に発表会で先輩たちが踊っていたマリンスキーの流れのものとは、全然違う振付でした。衣装の色もミハイロフスキーでは白。マリンスキーは、白と淡い緑。ボリショイは黄色い衣装です。

 

 それでは、マリンスキー版のパ・ド・トロワとボリショイのものを見比べていただきましょう。

 こちらは、マリンスキー版です。キエフ・バレエ団の振付も微妙な違いはありますが、ほぼこちらの振付と同じ。


Swan Lake - Pas de trois - YouTube

 

 

 ボリショイのパ・ド・トロワを見ていたら、先ほども書きましたが、こちらが今回見たミハイロフスキー版の振付に近いと思いました(ただし、男性は王子じゃなくて、友人の一人の設定)。

 


Swan Lake pas de trois 1 act Bolshoi Ballet 2011 - YouTube

 

 古典作品を見る醍醐味は、いろんなバレエ団の演出・振付を楽しめることではないでしょうか。100年以上前のロシアで誕生したバレエが、時代やお国柄によって、変化し発展している世界にとても魅力を感じます。だから、「バレエ史」なんて研究してるんですけどね(笑)

 

 見つけちゃいました!ミハイロフスキーの『白鳥の湖』全幕です。


Swan Lake - Borchenko & Lebedev - YouTube

 

 今年は、さまざまなバレエ団の『白鳥の湖』が続きますよ!

 5月には、これまたロシアのダンチェンコ劇場のブルメイステル版、それから帝政ロシアの伝統を踏襲するマリンスキー劇場バレエ団が11月から12月にかけて。それから、イギリスのバーミンガム・ロイヤル・バレエ団も芸術監督ディヴィド・ビントレーの演出・振付を4月、5月に見せてくれるようです。お好みの演出・振付に出会えるといいですね!